じゃがいものスパゲッティ
店名
FARO
ジャンル
イノベーティブイタリアン
果報な一皿
じゃがいものスパゲッティ
episode 01

発酵という伝統技法が醸す
ヴィーガン料理の世界

土を思わせる球体の器に包み込まれた料理。深い底に可憐な花を見るような印象深いこの一皿は、イノベーティブイタリアンで多くの人を魅了する「FARO」のエグゼクティブシェフ・能田(のうだ)耕太郎さんによるガストロノミーヴィーガンコースの1品「じゃがいものスパゲッティ」です。

その名の通り、このスパゲッティの正体は小麦粉ではなく、じゃがいも。菜麺器から切り出したじゃがいもはスパゲッティのように細長く、食べやすいようフォークでくるくる巻ける、ほどよい長さ。じゃがいもをスパゲッティに見立てて調理しているとはいえ、つるりとなめらかな口あたりはまるでスパゲッティそのものです。

これは茹でているのかと思いきや、そうではなく、生のじゃがいもの状態からソテーしているとのこと。コシがあり、歯ごたえはシャキシャキとしてじゃがいもらしさも発揮されています。

その上には、短く切り出し、米油でカリッと揚げたじゃがいもがトッピング。

シャキシャキ感とカリカリ感、2つの異なるじゃがいもの食感を同時に楽しめる、なんとも新感覚なスパゲッティの世界を体感できます。

植物性の食材のみでつくられたヴィーガン料理ですが、絡むソースは軽やかなのに奥行きがあり、コクとパンチもしっかり。リコリス(甘草)やビーツのパウダーのほのかな甘みや、散らした花穂じそが香る、どこかオリエンタルな風味も漂わせます。食べ進めるほどに虜になってしまうこの味わいは、一体なんなのでしょうか?

能田シェフにうかがうと、「調理・調味にはカカオバターとココナッツとピスタチオペーストで作ったヴィーガンバター、そしてセロリと麹と塩を長期熟成させた自家製のセロリ醤油を使っています」とのこと。

ヴィーガンバターにセロリ醤油。バターに醤油といえば、私たちもよく知る黄金の組み合わせ。でもこれは、その想像をはるかに越えた味の豊かさへの驚きと、能田シェフの考えがうかがえる新しい食体験でもありました。

 

この料理にはオリジナルがあります。20年以上イタリアを拠点に活躍してきた能田シェフは、2014年からローマにネオビストロスタイルの店を構え、2017年にミシュラン一つ星を獲得。イタリア・日本両国で活躍する、いま最も注目されている料理人です。このじゃがいものスパゲッティのオリジナルは、そのローマの店で生み出されました。

「はじめはローマの人に向けて作ろうと考えた料理なんです。ローマの人の心を揺さぶるのはローマの伝統なんですよね。彼らにはバターとアンチョビをのせたパンをおやつ代わりに食べるという伝統スタイルがあり、それをもとにバターと“コラトゥーラ・ディ・アリーチ”というカタクチイワシの魚醤を使ったパスタを作って提供したのが始まりです」

ローマの人々に好評だったというバターと魚醤を使ったパスタ。

ある日、グルテンアレルギーを持つ常連のお客さまに「私も食べたい」と所望され、グルテンフリーのパスタで作って提供してみたものの、自身の中で何かがもの足りず、納得がいかなかったという能田シェフ。

「納得いくまでいろいろ研究し続けていくうちに、じゃがいもでやってみようと思ったのです。でも、じゃがいもってどんなに茹で時間を短くしていっても煮崩れして最終的にプチプチ切れてしまう。 “パスタ” というカテゴリでずっと考えていたので、必ず茹でないといけないという先入観があったんですね。何度も試作を重ねているとき、フライパンのふちにこびり付いていたじゃがいもが切れなかったのを見たのです。なぜだろうと考えたら、油で調理されたからだということが分かって。生のじゃがいもとバターと魚醤をフライパンで一気に加熱調理したら、イメージしていたスパゲッティのようなテクスチャーにたどり着いたのです」

納得のいくおいしいグルテンフリーのパスタを目指し、試行錯誤して完成させたこのじゃがいものスパゲッティ。能田シェフはアブダビで開催された世界的な料理の競技会「テイスト・ザ・ワールド2017」の最終コンペティションにローマ代表としてこれを出品し、みごと優勝。

能田シェフのスペシャリテとして、「FARO」では夜のガストロノミーコース(8品〜)15,000円(税込・サ別)で味わうことができます。

さらに、このじゃがいものスパゲッティをヴィーガン仕様に生まれ変わらせるという試行錯誤が続きます。その取り組みからは、能田さんの思考プロセスとフィロソフィーの片鱗もうかがい知ることができました。

いまでは動物性のバターを植物性のヴィーガンバターに置き換えて作っている能田シェフですが、その前はオリーブオイルを代用。でも、オリーブオイルではダメだったというのです。

「オリーブオイルで調理するとなぜか同じ状態にならなかったのです。理由が分かるまで時間がかかりましたが、オリーブオイルは100%油。実はバターの油脂成分は90%以下、あとは水分なんです。そこでバターと同じ状態のものを植物性で作ろうと考えました。油脂分も多く水分もあるココナッツと、カカオバター、ピスタチオペーストを固形状にして使っています。

また魚醤に代わり、最初は塩で調味していたのですが、コクが足りない。日本の大豆由来の醤油も入れてみたのですが、バターと醤油、組み合わせは最高なのですが、イタリアンじゃなくなったんです(笑)。だったら、野菜で作ってみようと思いまして。そこが始まりですね」

コクと旨みを補うために、日本伝統の「発酵」という技法を取り入れて、野菜で醤油を仕込む能田シェフ。イタリアンに合うよう、酸味が強めのスペルト小麦を選んで麹も手づくり。刻んだセロリと麹と塩をビニール袋に密閉し、2カ月ほど発酵させて作ったセロリ醤油が、じゃがいものスパゲッティのコクと深い旨みのモトとなっているのです。

じゃがいものスパゲッティには現在、セロリ醤油を使用していますが、過去にはにんじん醤油やウイキョウ醤油を使ったことも。厨房ではトマト醤油(写真上)やパプリカ醤油(写真下)など常に5種類ほど野菜醤油を仕込んでいるそうです。

無ければ生みだす。足りなければ補う。その発想が、想像を越える新しい食体験へと私たちを導いてくれているのかもしれません。そして試行錯誤も楽しんでいる様子が言葉の端々ににじんでいるのも印象的。

 

そんな能田シェフによるヴィーガン仕様のじゃがいものスパゲッティは、夜のガストロノミーヴィーガンコース(8品〜)12,000円で味わえます。事前にお願いすれば、ランチのヴィーガンコース(6品)8,000円にプラス2,000円で追加することも可能。能田シェフによるイノベーティブなヴィーガンコース料理をぜひ堪能してみてはいかがでしょうか?

episode 02

生産者ありきで考える
サステナブルなレストラン

資生堂パーラーが運営する「FARO」は、2001年の東京銀座資生堂ビルの開業と同時にオープンしたイタリアンレストラン「ファロ資生堂」が前身。2018年にリニューアルし、イノベーティブイタリアンレストランとして生まれ変わりました。イタリア語で「灯台」という名のごとく、この東京・銀座の地から世界に向けて日本のすばらしさを発信し続けています。

母体がビューティーカンパニーということもあり、コンセプトは食べておいしく美しく。サステナブルな取り組みを重視する姿勢も特筆すべきポイントです。

自身もサステナビリティなところにすごく関心があるという能田シェフ。食材の仕入れや生産者との付き合いについて触れるうち、発想や思考、料理はすべて根底にあるサステナビリティへの思いから生まれてくるのではないかとさえ思えてきます。

「こういう料理を作りたいからこの材料をいくつ発注するというのではなく、その逆。農家さんの畑にいまある野菜を仕入れて、そこから何かを作るというスタイルが基本です。

例えば、このトマト醤油。いつもトマトを仕入れている神奈川の生産者さんがいるのですが、ある日突風でハウスが飛んでいってしまい、トマトがもう赤くならないと困っていらっしゃいました。そこでまだ青いトマトを全部そのまま買い取ったのです。

お付き合いのある生産者さんが一生懸命育てたものをなるべく廃棄しないように、どう使うか。

とりあえず、発酵させると保存はできるので、お醤油を作ったり、コンブチャ(写真/紅茶キノコの種菌を入れた発酵飲料)にしたり、味噌も作っています。これは北欧で学んだことなのですが、向こうは食材が春と夏しか取れないので、寒い季節に備えて食材を保存するのが当たり前。僕はヴィーガン料理の旨みを補うためにも、自然災害やコロナ禍で行き場を失った野菜などもできるだけこうした発酵調味料にして料理に使います」

まさに生産者ありきのレストラン。スタッフ全員がそれぞれの出身地をはじめ全国各地をめぐり、食材を仕入れてつながる生産者は100を越えるとか! それぞれの生産者さんたちとのサステナブルな付き合い方が見えてきます。

これまで数々のインパクトのあるヴィーガンメニューを生み出してきた能田シェフ。しかし、植物性の食材のみというくくりのなかでヴィーガンメニューを考案するとき、やはり苦労することも多いのでは? 

「苦労はしません。でも僕も、昔はこれが使えない、あれが使えないという “制限” だった時代がありました。でも食材って世界中に本当にたくさんある。普通のメニューでも、食材を多く使うシェフなら一つのコースで200〜300種類ほど。一般的には100種類以下。僕はいま150種類ぐらいなんですけど、結局自分が制限をかけていることに気づいたのです。動物性の食材を使わなければよいのだと。それがとれた瞬間、視界が開けましたね」

能田さんはやっと、そこから表現方法に専念する方向へとシフトしていったそうです。ヴィーガンメニューは、もはや普通のメニューを生み出すのと同じ感覚とも。

「基本的に料理は考えません。なぜかというと、実際に現地を訪れているので、自分の五感がそのときの印象を記憶しているんです。食材が厨房に届き、もう一度それを味見したときに、味が決まり、どういう調理法で、どんな食材と組み合わせて、どんな器と合わせるか、インスピレーションのようにすべてがつながるんです。海沿いの土地だったら、そこで感じた潮の香りを添えたり。その時感じたものも自然と組み込まれていきますね」

 

いまやヴィーガン・ガストロノミーの第一人者である能田シェフ率いるイノベーティブイタリアン「FARO」。そのインスピレーション溢れる料理を味わうたびに、新たな驚きと感動が待っているはずです。

 

文=味原みずほ  写真=新谷敏司

PROFILE

能田耕太郎(のうだ・こうたろう)

1974年、愛媛県今治市生まれ。大学卒業後、神戸の「グアルティエロ マルケージ」で修業し、1999年にイタリアへ。イタリアの名店で修業を積み、2004年、ヴィテルボにある「エノテカ・ラ・トーレ」のシェフに就任し、2010年にはミシュラン一つ星を獲得。2013年、「ノーマ」(コペンハーゲン)など最高峰の北欧料理店での研修を経て再びイタリアへ。2014年、ローマにネオビストロスタイルの「bistrot64」を構え、2017年にミシュラン一つ星を獲得。イタリア料理のシェフとして二度の一つ星を獲得した初の日本人となる。2017年「テイスト・ザ・ワールド」(アブダビ)にローマ代表として出場し優勝。2018年から「FARO」のエグゼクティブシェフに就任。2021年、ミシュラン一つ星を獲得。座右の銘は「石の上にも三年」。

<シェフがいま気になる野菜を紹介>

いま料理に使ってみたいのは沖縄の野菜。ハママーチやオカワカメ、長命草など、沖縄を訪れてはじめて見る野菜がたくさんあり、すべてに興味があります。主に薬草として使われていて、日本ではあまり料理に使われませんが、イタリアでは苦みのあるハーブも料理に多用されていますので、今後ぜひ使ってみたいですね。

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