さつまいものてんぷら
店名
てんぷら近藤
ジャンル
天ぷら
果報な一皿
さつまいものてんぷら
episode 01

焼き芋に勝るおいしさ!
驚きをもって迎えられる名物

 

直径約7㎝、高さ約7㎝。まるで切り株のような姿をした「さつまいものてんぷら」。

焼き芋の皮のような揚げ色がついた外側と、カットして現れる黄金色の果肉。食べやすいように1/2または1/4サイズで提供される塊を頬張ると、薄づきの香ばしい衣のカリッとした食感に続き、内側からふわりと立ち上る湯気と香り、そしてあのほくほく感! さつまいもの濃厚な風味と上品な甘みが口中に広がります。

ビジュアル、香り、味、ともにインパクトのある一皿。これは、魚介が中心であった伝統の江戸前天ぷらに、積極的に野菜を取り入れ、野菜の天ぷらを主役級にまで高めた「てんぷら近藤」の主人、近藤文夫さんのスペシャリテです。

「さつまいものてんぷら」は、毎年11月から提供が始まります。

「さつまいもは秋の味覚と思うでしょう? 実は冬が食べ頃。9月に収穫したものを2カ月ほど室(むろ)で貯蔵する。そうすると、さつまいものでんぷん質が糖化して、甘みが強くなるのです」と説明してくれたのは、「てんぷら近藤」の主人、近藤文夫さん。

「1本から2個分の天ぷらを作れるように、直径10㎝ほどの太い紅あずまを1日10〜15本使います。ですが、大きくて、曲がっていない形のものを集めるのはなかなか大変」

紅あずまは千葉県香取市産。近藤さんの条件に合う紅あずまを、農協に集めてもらっているそうですが、出荷元の農家さんの数はなんと300軒に及ぶといいます。

「さつまいもは千葉産にしようと決め、現地を訪れたのですが、最初は全く相手にもしてくれませんでした。うちは小さな店でしょう。当時、さつまいものてんぷらがここまで有名になるとは思ってもいなかった時代です」

1本1kgほどもあるえり抜きの紅あずま。カウンターの奥に、れんこんやしいたけ、ゆりね、にんじんなど立派な野菜が居並ぶ中でもひと際存在感を放っています。

 

さつまいもの天ぷらといえば、薄く輪切りして揚げたもの。一般的にそんなイメージが定着していますが、近藤さんが考えだしたのは、それとはかけ離れた、直径も高さもある切り株のようなてんぷらです。

 

「冬のある日に食べた焼き芋の甘みとほくほくした食感。さつまいもは焼き芋で食べるのが一番おいしいと思っていましたが、その時、どうにかして天ぷらでこのおいしさを越えたいと思ったのです。そうして、焼き芋に勝る天ぷらを目指してたどり着いたのがこの形です」

 

天ぷらのコースを味わいながら、カウンター目の前で、近藤さんが一から素材を揚げていく一部始終を眺めることができるのも同店の醍醐味。

皮をむいた円柱形のさつまいもに薄力粉をまぶし、水分が多めの薄めの衣にくぐらせ、静かに立てるように170度の油の中へ。泡が大きくなったらひっくり返し、均等に揚げ色をつけること約30分。揚げてからペーパータオルに包み、さらに15分ほど蒸らしの時間を設けているところがポイントです。

 

「芯まで熱を通さないところで油から引きあげ、あとは余熱で蒸します。余熱の温度は、油の温度より10度も高くなるんです。中の水分と余熱を利用して芯までじっくりと火を入れる。どうです? ほくほくしているでしょう」

 

天種のなかでも一番時間のかかる「さつまいものてんぷら」(1,650円〜/税込み)は、コース(ランチ[海老2、魚3、野菜4、ご飯、香物、赤だし、果物]8,800円〜、ディナー[てんぷら定食、果物]14,300円〜/税込み)には含まれないので、最初に別途注文を。提供は11月〜7月まで。コースの終盤で、焼き芋に勝る味わいを堪能してみてはいかがでしょうか?

episode 02

天ぷらは素材の旨味を
引き出す優れた料理

近藤さんが揚げる天ぷらは、油っぽさを感じさせず、とても軽い。揚げたてをのせた天紙(てんし)に油はほとんどにじむこともなく、一般的な天ぷらと比べてカロリーも約半分といいます。

薄い衣をまとった天ぷらは、素材の形状が美しく、色も生き生きとして、その存在感は目を見張るほど。ゆりねの天ぷらも、大ぶりでほくほく、やさしい甘みが口中に広がり、ひとひら頬張るごとに滋味深く、口福をもたらしてくれるのです。

 

「天ぷらは熱と水分で素材の旨味を2倍にも3倍にも引き出してくれる優れた料理なのです。衣で素材の水分と旨味をとじ込め、加熱することで中をスチーム状態にし、あとは余熱を利用して中まで火を通す。つまり、天ぷらの本質は “蒸し料理” なんですよ」

 

 

「てんぷらは蒸し料理」

 

近藤さんのその言葉に、従来の天ぷらのイメージがひっくり返ったという人も多いのではないでしょうか?

昔から、天ぷらは揚げものであり、素材の中の余計な水分をとばして、旨味を凝縮させる調理法と考えられてきたといいます。

 

「でも、私の考えは違います。水分をとばすのではなく、利用するのです。衣の料理ではなく、素材の料理。衣というのは、あくまでも素材の水分や旨味をコーティングするためのもの。素材の美しさと、中が蒸されて水分が保たれている。これが私の天ぷら料理なのです」

 

たとえば、「てんぷら近藤」の定番である「グリーンアスパラガス」。

揚げたての切り口から水分がじわっと溢れ、瑞々しく光っているではありませんか! 「きれいでしょう? これですよ、僕の求めている天ぷらは」と、近藤さんはカウンター越しににっこり微笑みます。

立ちのぼる青々とした香りと広がる甘み、シャキシャキとした歯ざわりとジューシーさ。グリーンアスパラガスの弾けるような旨味が、薄い衣のなかにギュッと詰まっていました。他のいかなる調理法によるものよりも、“天ぷら” が一番おいしく味わえる調理法なのでは? とさえ思えてきます。

薄衣によって素材の香りや色、美しさが表現され、水分が保たれている状態に仕上げるのが近藤流。これが、揚げたての天ぷらを頬張った瞬間、誰もが顔をほころばせる所以なのですね。

episode 03

50年前、天種の主役に大抜擢!
野菜の天ぷらへの情熱

1970年、23歳で山の上ホテル「てんぷらと和食 山の上」の料理長に抜擢された近藤さん。魚介が主流だった天種に野菜を次々と持ち込み、「さつまいものてんぷら」をはじめ、当時は珍しい西洋野菜の「グリーンアスパラガス」をいち早く取り入れるなど、数々の野菜の天ぷらを生み出してきました。

しかし、当初は「こんなのは天ぷらじゃない」と批判を受けたのだそうです。

 

「天ぷらといえば昔から “江戸前天ぷら” という言葉があるように、東京湾で獲れた魚を揚げるものでした。野菜の天ぷらは “惣菜” と呼ばれていて、野菜の天ぷらは惣菜屋に任せると言われていたんです。そうではなくて、僕は天ぷらを日本を代表する一つの料理に高めたいと思った。天ぷらで素材の滋味を楽しんでいただくコースをお出しするためには、四季折々のおいしい野菜を取り入れることが必至。そう思い、批判されてもめげずに研究しましたね」

 

いまや野菜の立ち位置が、天ぷらの花形である車えびと肩を並べるほどに高められたのは、近藤さんが批判されてもめげずに、天種にする野菜へのこだわりや料理について探求してきた賜物。

「単に野菜を揚げるだけではダメ。一つの料理にしなければいけません。素材の特性への理解を深め、現地へも赴きます。僕は契約農家さんの野菜を使いますが、それは、自分で見に行って、食べてからでなければ、お客さまへは届けられないと思っているから」

天種として人気の高い「れんこん」は、茨城の武井れんこん農園から届くものを使用。取引する前に、本当に無農薬でつくっているかどうか見に行ったのだそうです。

「蓮の葉をめくると茎にタニシが卵を産みつけているのです。それがあれば “本物” の証。時々『今日行きますから』と電話して、抜き打ちでも行きますよ。僕は疑い深い男だからね」とニヤリ。そうやってこだわり抜かれた野菜たちだからこそ、見るからに輝きがあり、存在感のあるものばかりなのですね。

最後に、座右の銘をうかがうと「夢心(ゆめごころ/むしん)」と答えてくれました。

 

「お客さまに料理を通して幸せになってほしい。心からおいしいものをつくり続けるためには、夢をかかげて邁進する努力が必要。そんな思いを込めた私の造語です」

 

近藤さんは「夢心」をいつも心に留め、数々の名物を生み出してきました。その中の一つである「にんじんのかき揚げ」は、にんじん特有のえぐみや食感が苦手という人のために考えだしたという品。

極細切りにしたにんじんを、まるで繊細な飴細工のように華やかで立体感のある形に仕上げた逸品です。口に入れた瞬間、はらりとくずれ、上品な甘みが広がります。これは、にんじん嫌いのお客さまも喜んで食べるのだとか!

 

「どうやったらこの野菜のおいしさを最大限に引き出せるか、絶えず考えています。現状にとどまることなく、新しい素材にも挑戦し続けたいですね」

 

73歳になった今でも常に揚げ台の前に立ち、その丸い背中から職人のひたむきさがにじむ近藤さん。多くの人を感動で笑顔にさせてくれる近藤さんのてんぷら料理に今後も期待が高まります。

 

 

文=味原みずほ  写真=鈴木教雄

PROFILE

近藤文夫(こんどう・ふみお)

1947年、東京生まれ。高校卒業後、東京・お茶の水「山の上ホテル」に入社し、和食部門「てんぷらと和食 山の上」で修業を始める。23歳で料理長に抜擢され、以後21年間務める。常連客には作家の池波正太郎や写真家の土門拳など各界一流の食通も。1991年に独立し、東京・銀座に「てんぷら近藤」を開業。仕事着やのれんの屋号の文字は「天狗になったらおしまいだよ」との池波先生からの言葉を忘れないように、先生からの手紙の筆跡をいただいたもの。2019年、卓越した技能者「現代の名工」を、天ぷら職人として初受賞。

<シェフがいま気になる野菜を紹介>

「これまでさまざまな野菜を天種に取り入れてきましたが、天ぷらにしてみて衝撃的だったのは、ピーマンです。皮が厚くて苦みのあるピーマンは天ぷらには向かないとずっと思い込んでいました。しかし、北海道産の『あきの』という品種は、皮が薄くて柔らかく肉厚。苦味もなく甘い。それを丸ごと揚げるのですが、種までおいしいですよ。季節は初夏から秋まで。ぜひ召し上がっていただきたい一品です」

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