季節の普茶弁当
店名
普茶料理 梵(ぼん)
ジャンル
普茶料理(精進料理)
果報な一皿
昼席 普茶弁当
episode 01

50年親しまれている
名物、鰻豆腐とは?

樋口一葉ゆかりの地として知られる台東区竜泉(りゅうせん)。閑静な寺町でもあるこの界隈に、普茶(ふちゃ)料理でもてなすお店があります。1959(昭和34)年創業の「普茶料理 梵(ぼん)」です。

普茶料理は江戸時代初期に、隠元(いんげん)禅師が明(中国)から伝えた精進料理。「普茶」には「普く(あまねく)大衆と茶を供にする」という意味があることから、普茶料理の場では上下の隔たりなく、みんなが平等のもとお茶や食事を楽しみます。

風情ある数寄屋造りの個室で味わう普茶料理は、一品ずつ提供される懐石スタイルが主軸。しかしながら平日の昼席のみ、お弁当形式で楽しめる「普茶弁当」3,450円(税・奉仕料別)もあり、よりカジュアルに楽しめると人気なのです。

内容は月替わり。取材した4月は桜があしらわれ、まるでお花見をしているような雰囲気をも味わえました。

こちらでの食事はまず、茶礼(されい)から始まります。

「茶礼には、一堂に会した者同士が一緒にお茶を飲み、心を一つにするという意味合いが込められています。宴会ではビールで乾杯しますが、それと同じで、心を一つにして食事を始められるのです」と説明してくれたのは、二代目店主の古川竜三さんです。古川さんは奥さまと息子夫婦とともに先代から受け継ぐのれんを守っています。

この日の茶礼は桜の香煎茶。一口含むと、桜餅のような香りと昆布茶のようなほのかな塩気がじんわりと広がります。

茶礼のお供に自家製のお干菓子が添えられるのですが、何やら文字が刻まれています。古川さんによると、その年(干支)の守り本尊を表す梵字を刻んでいるとのこと。今年の干支である寅の守り本尊=虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)が、このお干菓子に刻まれた一字というわけです。

桜の香煎茶とともに、甘い梵字菓子を味わうこのちょっとしたひとときが、ここを訪れた特別感と、いよいよ始まるこの後の期待感を膨らませてくれるのです。

平日昼席の「普茶弁当」は季節のお椀、縁高の弁当、煮物、精進揚げ、稲庭うどん、季節の果物で構成され、一品ずつ提供されます。

ここではメインである縁高の弁当をご紹介。半月の形をした弁当箱に、春の食材で作った品々が色とりどり、賑々しく詰め合わせになっています。桜の季節ということもあり、食事でもお花見の気分が味わえる趣向をこらしたお弁当です。

筒型の小鉢には、白魚に見立てた長芋ともずくの酢の物、豆腐に野菜を加えて加工し、肉のような食感を楽しめる義生豆腐(ぎせいとうふ)、笹で包んだ麩まんじゅう、桜の花とうるいの寄せもの、古木に見立てた牛蒡(ごぼう)の唐揚げ、さざえの身に見立てた生麩のしぐれ煮、五穀の木の実揚げなどなど。

煮物、蒸し物、揚げ物、焼き物などが15種類ほどでしょうか、どれも手が込んでいる上、精進料理ならではの見立て料理や趣向をこらした料理ばかりで、遊び心も満載。どれからいただこうかと見回して、心がほっこりとし、楽しくなるのです。

そして真ん中上の仕切りにあるのは、名物の鰻豆腐。普茶弁当は毎月、旬の食材を使うため内容が替わりますが、これだけは通年味わえる定番の一品なのです。

香ばしく焼けてタレの照りが出た見た目は、鰻の蒲焼きそのもの。サックリと音を立て、ふんわりとした蒸し焼きの柔らかさ、どこか小骨のような食感まであり、そして山椒の香りもふわり。味も食感もまた鰻の蒲焼きそのものなのです。思わず唸ってしまいました。

夏には「豆腐の鰻ざく風」など季節の一品としてコースに組み込まれることもありますが、普茶弁当では通年味わえるということで、この粋な名物を食べに訪れるお客さまが多いというのもうなずけます。

精進料理の“もどき料理”は、一段と手間隙をかけ、工夫を凝らした粋な料理ばかり。名物、鰻豆腐は一体どんな材料で、どんな風に作られているのでしょうか?

そのことについて、古川さんにざっくりとかいつまんで教えていただきました。

「水切りして裏ごしした木綿豆腐にすりおろしたくわいとごぼうを加えます。ごぼうは繊維のみを加えているのですが、実は鰻の小骨に見立てているのはこのごぼうの繊維なんです。つなぎにすりおろした自然薯を加えてタネにします。鰻の皮に見立てているのは海苔。海苔の上にタネをのせてへらで成形し、油の中へ。揚げ上がったら、最後に山椒醤油をつけてさらに焼き上げます」

ふっくらとした身の部分はもちろん、繊細な小骨や皮など細部まで再現するその心意気にも感嘆するばかり。

実はこの名物、古川さんが19歳の頃、一念発起し二代目を継ぐために、普茶料理の修業先で習得した料理の一つ。20歳で店を継いで以来50年、店の名物として長い間親しまれているのです。

店内はすべて数寄屋造りの個室。気負わずゆったり寛ぎながら、季節の味覚と粋な料理の数々に舌鼓を打ちに普茶弁当を味わってみてはいかがでしょうか?

episode 02

先代の思いを継いで
器のなかに景色をつくる

「普茶料理 梵」の始まりは、今から63年前、1959(昭和34)年のこと。栄養学校で学び、栄養士の資格を持っていた古川さんのお母様、美重子さんが自宅を改装し創業しました。自宅周辺は寺町でもあり、身体にいいということからも精進料理に着目。当時、都内に3軒あった普茶料理の店が、いまでは「梵」のみに。希少な1軒なのです。

 

「母は一般的に主流の精進料理より、お寺の決まりごとや素材の使い方において比較的自由度が高く、文人趣味的な要素を持った普茶料理を選びました。普茶料理を日本にもたらした隠元禅師は、そのほかにもインゲン豆やたけのこ(孟宗竹)、レンコン、スイカ、木魚、煎茶などとともに明時代の新しい文化や美術といった文人趣味をも紹介しました。鎖国時代だった日本にそれらが広がり、次第に自由な精神や風流を重んじる煎茶道が盛んになっていきました。普茶料理はお煎茶の懐石料理とも言われているのです」

 

柔和な面持ちで穏やかに、丁寧に言葉を選びながら語る古川さん。作務衣をまとった姿は素朴で清々しく、どこか僧侶のようにも見えてきます。

比較的自由度が高い普茶料理とはいえ型や作法があります。本来は4人で1卓を囲み、中国風に大皿に盛り付けて提供されるのが特徴。大皿からそれぞれの器にとり分け、仲良く和気あいあい、残さず食べるのが作法です。

しかしながら「梵」では、大皿での提供はしておらず、一人前ずつ器で提供するという独自のスタイルをとっています。これは先代の美重子さんの思いから。

 

「母は一つのお皿の中に風景をつくりたいということを言っておりました。例えば、春には器の中にお花見の景色を、夏には涼風、秋には紅葉、冬には雪景色をというように、日本らしい季節感や景色を料理でも味わっていただきたいという思いから、懐石料理のように一皿ずつ盛り付けて提供することにしたのです。私の代でもそれを踏襲しています」

 

「梵」では大皿で4名1卓という縛りはありません。全室、人数に合わせた個室があり、2名でももちろんOK。ただし、同じグループではみなが同じコース内容を一緒にいただくというのがルールです。ぜひ、和気あいあいと楽しみたいですね。

episode 03

野菜の切れ端までも
一切無駄にしないという心

古川さんがこの店を継ごうと決心したのは19歳のころ。大学進学をと一浪していた時に、和菓子職人で、仕事の合間に母をサポートしていた父が心筋梗塞で倒れてしまったのです。古川さんは進学をあきらめ、一念発起し、店を継ごうと決心。ちょうどその頃、店舗を増築する予定だったこともあり、その間、普茶料理の修業に出ることにしたのです。

そこで門を叩いたのは、京都の宇治にある萬福寺(まんぷくじ)。隠元禅師が開いた黄檗宗(おうばくしゅう)の本山です。黄檗宗は臨済宗、曹洞宗とならぶ禅宗の一つであり、普茶料理はこの黄檗宗で提供される精進料理なのです。

 

「本山に電話をしたのですが、萬福寺では*得度(とくど)しないと修業できないと言われまして。そこで代わりに、管長のご自坊にお世話になり、奥さまから普茶料理の手ほどきを受けることができたのです」

 

朝3時半に起床し、掃除や座禅などのお勤めをしながら、普茶料理の下ごしらえなど基本を学ぶ毎日。鰻豆腐をはじめとする“もどき料理”や、調理の際にあまった野菜の切れ端などを刻み、炒めて葛でとじた「雲片(うんぺん)」、ごま豆腐の元祖とよばれる手間隙のかかった「麻腐(まふ)」など、わずか1年の間に普茶料理を代表する料理をたくさん教わりました。

 

*得度とは出家して仏門に入ること。僧侶になる第一歩の儀式として位置づけられている。

今回の「普茶弁当」3品目にも、野菜の切れ端を使った煮物が提供されています。4月は春らしい新たけのこ、わらび、木の芽、真薯(しんじょう)、わかめの煮物です。

 

「真薯におから、山芋、たけのこ、わらびの下の固い部分も刻んで加えています。野菜の切れ端など食材を一切無駄にしないという心も、修業で学んだことの一つです。野菜も命がありますのでね」

 

調理の際にでてしまう野菜の切れ端たちが、見事なまでにふんわりと春の甘みがしみ出る一品に変身です。そんなお話をうかがいながら、あらためて命をいただくことへの感謝が湧いてきました。

ちなみに箸袋の裏には「感謝」をはじめ、5つの食する心構えである「五観の偈(げ)」が記されています。ぜひ、食事の前に箸袋を裏返してみてください。

母が築いた和風の普茶料理に、本格的な要素を織りまぜた「梵」オリジナル様式の普茶料理を目当てに、中国や台湾など海外のお坊さんも来店するのだそう。

 

「ひいきにしてくれる海外のお坊さんたちと交流するなかで、こちらも大変刺激を受けます。中国の精進料理、特にもどき料理は本物と見分けがつかないくらい、鶏肉やハムに味や香り、食感など、細部まで作り込む技術が格段に高い。私たちが作ってきたものはどちらかというと季節感を大事にして、素材の良さを活かした、いわば和風。これからは、中国寄りの精進料理も少しずつ作っていきたいと思っています」

 

国や宗派を越えてつながり、ますます深化する「梵」の普茶料理。古川さんご夫妻による物腰柔らかなおもてなしと普茶料理を満喫しに、大切な人と訪れてみてはいかがでしょうか。

PROFILE

古川竜三(ふるかわ・りゅうぞう)

1952年、東京生まれ。19歳のときに黄檗宗本山萬福寺管長の奥さまから普茶料理の手ほどきを受ける。20歳で家業の「普茶料理 梵」の2代目に。中学時代の同級生だった妻と21歳のときに結婚。現在、妻、息子夫婦と家業で切り盛りしている。日々大切にしている心得は、小学5年から嗜む茶道の先生から教わった「無理なし、無駄なし、油断なし」の三なし。

<シェフがいま気になる野菜を紹介>

「一番気になる食材はなんといっても『ごま』です。胡麻豆腐や利休和えなど、ごまを使った料理は精進料理に欠かせません。独特のうま味があって、栄養価も高く、替えられないおいしさがありますね。ごまは一年草の植物のサヤの中に入ったタネが収穫されたものですが、実は約98%が外国産なのです。秋に業者にお願いして国産のごまを仕入れるのですが、希少なので取り合いです(笑)」

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