「CHOCOLATIER Palet D'or」Al Cioccolata
店名
ショコラティエ パレ ド オール
ジャンル
ショコラトリー
果報な一皿
アルチョコラータ
episode 01

カカオ豆から手作りする
奥深きチョコレートの世界

ひと口食べるとその鮮烈な香りに驚いてしまうほど、カカオ豆の本物の香りが味わえるチョコレートケーキ。それが、カカオ豆を選び、焙煎する段階からチョコレート作りを手がける『ショコラティエ パレ ド オール』のオーナーシェフ三枝俊介さんによるスペシャリテ「アルチョコラータ」です。

チョコレートのスポンジ生地と、チョコレートに生クリームを加えてなめらかな舌触りにしたガナッシュクリームが幾層にも重なるケーキは、飾りやベリーソースなどのあしらいも相乗してまさに芸術品。

一般的なケーキは、スポンジ生地とガナッシュの重なりが食感の違いで分かりますが、「アルチョコラータ」のスポンジ生地は、濃厚なチョコレートシロップを温かいうちにたっぷりと染み込ませているため、ねっとり濃密。ガナッシュとの層の境が食感では分からないほど密着し、一体化しているのです。ケーキというよりも、まるでしっとりと濃密なチョコレートを食べているかのよう!

カカオ感が際立つ濃厚で芳醇な味わいのなかにも軽やかさを演出しているのが、下の層に丸のままゴロゴロ隠れているイタリアのピエモンテ産ヘーゼルナッツ。キャラメリゼされたヘーゼルナッツのアクセントがリズムよく加わり、最後まで飽きさせません。

 

これは昔、三枝シェフがヨーロッパを旅していたとき、イタリアで食べた印象深いチョコレートケーキを、味の記憶だけを頼りに再現した、まさにスペシャルな品。

 

「いろいろ食べ歩いたなかでも繊細な味わいだなと思ったチョコレートケーキが一つあったのです。チョコレートケーキは割と単調になりがち。同じ味が最初のひと口からずっと続くものが多いのですが、イタリアで出合ったのは食べている間にチョコレートのいろんな奥行きが感じられるような印象がありました。

見ためは本当にシンプルなチョコレートケーキ。でも、食べるとトーンの違いや食感の違いなどいろいろなものが現れていく奥行きのある味わいを作りたい。そう思って完成させたのが、アルチョコラータです」

 

 

チョコレートの魅力をケーキで堪能できる「アルチョコラータ」。その奥深さにより迫るには、ショコラティエ三枝俊介シェフの“カカオ豆の本物の香りへのこだわり”に触れないわけにはいきません。

三枝シェフはカカオ豆の選別、焙煎から成形までチョコレートの全工程を手がけるBean to Barの先駆者としても知られるショコラティエ。2014年から清里に設けた工房『アルチザン パレドオール』で、さまざまな産地のカカオ豆の個性を見極め、オリジナルのチョコレートを数多く生み出し続けています。

その中でも三枝シェフの代表作が、店名にも掲げるチョコレート「パレドオール」。フランス語で「金の円盤」を意味するこのボンボンショコラは、金沢の高級金箔をあしらい、シンプルながらもひと際目を惹きます。ひと粒食べれば、カカオ豆の鮮烈さ、ドライフルーツのようなエレガントな香り、黒糖のような深いコク、そして長く続く余韻をもたらしてくれるのです。

「アルチョコラータ」には、この「パレドオール」と同じ「グランクヴァ」のカカオ豆から作る自家製チョコレートがベースに使われています。

 

「当店の味の主軸となっているカカオ豆は、カリブの島国トリニダード・トバゴのグランクヴァ農園のカカオ豆です。いろいろなカカオ農園を訪れますが、多くは農家さんと豆を加工する人が別の場合が多いんです。ですが、僕が取り引きしているグランクヴァ農園は、栽培から豆の発酵、乾燥、出荷まで全て行っていて、完璧な管理がされているのです」

 

カカオポッドと呼ばれるカカオの果実をパコッと割ると、パルプという房状の白い果肉が出てきます。このパルプを発酵させて乾燥させると色が茶色に変化し、中に入っている種子がチョコレートの原料となるカカオ豆となります。

 

「パルプが発酵を促進して温度がどんどん上がり、pHが変化していく。一週間ほど発酵させるのですが、途中で何度かかきまぜてあげたりして、いい形の発酵にもっていくことで最終の味がすごく変わってくるのです。中南米は湿度が低いので乾燥もきれいに仕上がるんですよ。

チョコレートはカカオの品種やテロワール(気候や土壌などの自然環境)に加え、栽培、発酵、乾燥といった人の手による一つ一つの工程によって、味わいが大きく左右されます。このグランクヴァ農園のカカオは、これまでに出合った中で最高のカカオだと思っています」

 

最高のカカオから作られたチョコレートが、味の主軸になっているという「アルチョコラータ」。こちらは三枝シェフが大阪・梅田と東京・丸の内に構える『ショコラティエ パレ ド オール』のサロンで、ケーキとドリンクにおすすめのショコラが付いた「ガトーセット」1,600円(税抜)で味わえます。

 

数種類あるケーキのなかでも一番カカオ感が感じられると、チョコレート好きの間でも人気を誇るこの一皿。甘さ控えめではありますが、ショコラティエの手により、脳がおいしいと感じるカカオと甘さの絶妙なバランスに仕上がっています。甘いものが苦手という人にもおすすめ。ぜひ味わってみてはいかがでしょうか?

 

episode 02

パティシエから転身
残りの人生をショコラに

三枝シェフがこれまで出合った中で最高のカカオと称する「グランクヴァ農園」のカカオ豆。そのカカオ豆を仕入れ、店の味の土台となるチョコレートが作られます。多くのショコラティエは、市販のクーベルチュールをチョコレートメーカーから購入して作っていますが、三枝シェフはなぜ、手間隙をかけてまでカカオ豆から手がけるのでしょうか?

 

「実はそれは、僕がパティシエからショコラティエに転身しようと思った理由でもあるのです」

 

パティシエ時代、カカオ豆からチョコレートを作ることで有名なフランス・リヨンの老舗『ベルナシオン』へ勉強に行っていた三枝シェフ。いろんなメーカーがいろんなチョコレートを出している今の時代、果たして自分たちで豆から手作りする意味がどこまであるのだろうかと、はじめはそう思っていたそうです。

「ショックを受けました。チョコレートに鮮度があるということをそれまで感じたことがなかったので。工房に入った瞬間はもちろん、パッケージを開けた瞬間、アラジンの魔法のランプのように、ふわ〜〜っと立ちのぼるチョコレートの香りみたいなもの。次元が違いましたね。

 

ショコラティエに転身して『ショコラティエ パレ ド オール』をオープンしてからも、はじめのうちは市販の中でもクオリティの高いヴァローナやドモーリといったメーカーのクーベルチュールを使って、いろいろ試しながらチョコレートを作っていました。十分おいしいものはできていたのですけれど、何かの素材と組み合わせる際、イメージと違うところに着地することが多かった。自分のイメージする味、そこに行くためには、やはり自分で作るしかないという結論に至ったのです」

 

episode 03

日本のショコラ文化の
土台を築くのが使命

カカオ豆から手がけるチョコレートをより極めていくために、数店舗手がけていたパティスリーのブランドを閉め、57歳でいちショコラティエとして再出発。三枝シェフの心をそこまで動かしたカカオの魅力とは、一体どんなものなのでしょうか?

 

「近年、カカオニブ(カカオ豆を焙煎し、細かく砕いたもの)がスーパーフードとして知られる通り、カカオ豆そのものは人間の身体にいいものでしかないんですよね。健康上気になるとすれば、後から加えるお砂糖などで、カカオそのものは人間の身体に合っている。逆にほかの動物には合わないのです。

そして人間の手によりチョコレートになる。チョコレートはカカオバターという油脂分で固まっているのですが、その融点は34.5℃。それより体温の低い人間はいませんよね? どんなに固いカチカチの冷凍庫から出したばかりのチョコレートでも口の中にいれると溶けるんですよ。溶けると同時に、香りと味わいが一気に広がる。後から出てくる香りもある。その香りは豆によっても違うし、産地によっても違う。それをブレンドするともっと複雑になっていく。そういう食べ物ってあまりないですよね。

なおかつ、チョコレートに国境はなく、人種も世代も越えて世界中の人が好きなんです。宗教のしばりもありません。だから、そういう意味では人間に与えられた最高の食材。それを普及したり、いろんな味わいを提案できるのがショコラティエの仕事。僕は一生かけてもいい価値があると思っています」

 

そうした思いで、三枝シェフはこれまで数々のチョコレート商品を生み出してきました。その中の一つに「ショコラ ネスパ?!」という、気になるネーミングのドリンクがあります。

それはシャーベットが浮かぶ炭酸ドリンク。ひと口飲めば、誰もが目を見開いて驚きます。まさか、チョコレートの香りと味が鼻と口の中を爽快にかけ抜けるなんて誰が想像できるでしょう?!

 

「これはカカオ豆からシロップを作り、それを炭酸で割ったもの。チョコレートの風味を出すために焙煎したカカオ豆から作るので、普通に作ると茶色いシロップができてしまうんです。それをどうやって透明にするかということを考えました。そうした独自の製法で、カカオシロップも作っています」

 

ちなみにドリンクにトッピングされた白いシャーベットも、カカオシロップを使ったチョコレート風味が豊かなシャーベット。そのほか、ベリー、シャンパーニュの3種類のシャーベットからトッピングを選べます。

 

カカオの魅力をさまざまに研究し続け、いろいろな商品を世に送り出す姿勢は、まさにクリエイター。三枝シェフにこれからの展望をうかがうと、チョコレートのことを知り尽くしていると思いきや意外な言葉が返ってきました。

 

「チョコレートというジグソーパズルの抜けているパーツを全部埋めたいと思っています。チョコレートは今まで大手メーカーが独占して作っていましたから、結構謎が多いんですよ。カカオ豆の仕入れに携わる人、研究する人など分業が組み合わさって一つの会社が成り立っている。案外、全体像を分かっている人は本当に少ないのです。

 

そのジグソーパズルの穴を埋めて土台ができ上がれば、あとの世代の人たちは柱を立てて家を造っていくことができる。その土台の部分を造ることが自分のミッションだと思っています」

 

誰もやってこなかったことを手探りでやっていくのが時代の先駆者。「ただ、あまりにも分からないことがあるんですよね。2019年、青山にホワイトチョコレートのBean to Bar専門店をオープンしたのですが、新たなことに挑戦すると、課題や問題がどんどん現れてくる。ホワイトチョコレートに関してはほぼ誰も一から作ってきたことがなく、未知の世界なんです。出来上がった自家製ホワイトチョコレートからボンボンショコラを作ると、きれいにできたものが後で変性したり、さらさらだったものが突然固まり始めたり。すごく手に負えないんです」と苦笑い。

 

おいしいチョコレートを作るためにどうしたらいいか。ただ、そう思って試行錯誤しているうちに、いつの間にか深い茂みに入り込んでいたといいます。

 

ショコラティエのテクニックや理論を構築し、ショコラ界の最前線に立つ三枝シェフ。それでも、まだまだ途上にあるといい、ひたすらもがく姿を隠そうともしません。

 

カカオ豆の可能性に真摯に向かうその姿勢は、まだ見たことのないチョコレートの奥深い世界へと私たちを連れて行ってくれそうです。

 

文=味原みずほ  写真=新谷敏司

PROFILE

三枝俊介(さえぐさ・しゅんすけ)

1956年、大阪生まれ。パティシエを目指し、大阪の名門ホテル「ホテルプラザ」で洋菓子界の重鎮、故・安井寿一に師事。1991年に独立し、パティスリー「メランジュ本店」、リゾートカフェ「清里マチス」など4ブランドを手がける。1996年フランス・リヨンの名店「ベルナシオン」にて故モーリス・ベルナシオンより薫陶を受け、ショコラティエへの思いを強くする。2004年、大阪・西梅田にショコラ専門店「ショコラティエ パレ ド オール OSAKA」、2007年、東京・丸の内に「ショコラティエ パレ ド オール TOKYO」をオープン。2014年、山梨・清里高原にBean to Bar工房を併設する「アルチザン パレドオール」をオープン。2015年、東京・青山に「アルチザン パレ ド オール青山店」をオープン、2019年、世界に先駆けてホワイトチョコレートのBean to Barブランド「ショコラティエ パレ ド オール ブラン」をオープン。インターナショナル チョコレート アワード世界大会で金賞受賞。常に新しい試みとアイデアを形にし、チョコレートの幅広い魅力を伝え続けている。座右の銘は「今できる最大限のことをやる」。

シェフがいま気になる野菜を紹介

ハーブを使ったショコラを作るために西東京にある「ニイクラファーム」さんを訪れたのですが、こちらのハーブは香りがダントツに違っていましたね。ローズマリーやタイム、レモンバーム、ベルベーヌなど、一つひとつの香りや個性がずば抜けてすばらしく、魅了されました。このハーブの持つ繊細な香りをチョコレートの中でいかに際立たせるか、ショコラティエとして腕が鳴りましたね。

ショコラティエ パレ ド オール