本との出合いが導いてくれた、
ハワイでのヴィーガン修行

野菜を愛する、小さなカフェ便り#2

ご自身がヴィーガンであり、ヴィーガンシェフ・料理研究家として毎日キッチンに立つ篠宮美穂さん。ある本との出合いをきっかけに、食への考え方も変わっていきます。そして、お話はハワイの地へ。今回は、どんな野菜やフルーツが登場するでしょうか。

 

【前回の記事はこちら】
野菜を愛する、小さなカフェ便り#1 〜カフェオープンから、N.Y.でのおいしい日々〜

食との向き合い方が変わった、本との出合い


かれこれ10年以上前のことになるだろうか。ミュージシャンで文筆家でもある、カヒミカリィさんのブログを読んでいたら、そこでおすすめの本が紹介されていた。本のタイトルは「センス・オブ・ワンダー」(レイチェル・カーソン著・新潮社)で、グリーンのきれいな装丁が魅力的だった。私は昔から絵本が好きで、小さい頃からのコレクションは100冊以上。海外へ行くと必ず、日本では出版されていない絵本を持ち帰った。そのコレクションを店に置き、どなたにでも読んでもらえるようにしていた。良さそうな本には、私の絵本アンテナがビビビと働く。というわけで、先ほどの本を即購入したのだった。
 

幻想的な植物の写真
ハワイでのハイキングで撮った一枚。植物に木漏れ日があたり、その光を受けて生命を感じた。


「センス・オブ・ワンダー」は、作者が甥っ子とともに、海辺の別荘で小さな探検をする日々を綴った実話だ。子どもでも読めるように書かれているのだが、むしろ大人に向けられたメッセージのように思える。自然には、私たちが忘れてしまった大切な感覚を呼び起こしてくれる偉大な力がある。読んでいると、ワクワクする。私には子どもがいないが、もし私が母親だったら、子どもをこんな風に育てたいなとも思えるような本だった。

そして、この本の著者であるレイチェル・カーソンという女性に興味をもった私は、彼女が1962年に執筆し、環境問題に警鐘を鳴らして社会に大きな影響を与えた代表作、「沈黙の春」(新潮文庫)を読むことにした。その中で、農薬や殺虫剤といった化学物質がいかに恐ろしいものであるか、それが自然や生態系にどのような変化を与えて、さらに私たちの生活や健康にまで繋がっていることを知った。そして、農薬を使わない解決法として、天敵やコンパニオンプランツなど、自然の中にある仕組みを利用する方法を教えてくれたのだ。


※コンパニオンプランツ…一緒に栽培することで、互いの成長によい影響を与え合う2種以上の植物の組み合わせや、その植物のことを指す。共栄作物や共作作物ともいう。

 

崖からの海の写真
レイチェル・カーソンは海洋学者で、海辺の別荘を持っていたとか。


この2冊は、間違いなく私の人生において、最も大きな影響を与えてくれた本である。この後の私の人生は、たくさんの自然触れあいより多くの野菜や植物を食したり育てるようになるわけだが、いつだって頭にあるのは、決まってこの2冊なのだ。


 

文化も言語も食材も、何もかもが違う世界にやってきた!


2011年、ハワイでインターンとして働く機会を与えられ、移住することになる。私の職場は、オアフ島にあるヴィーガンカフェだった。当時の私は、ヴィーガンやベジタリアンに関する知識はほぼゼロの状態。でももしかしたら、2冊の本との出合いによって、より自然に近い場所で、ヴィーガンを扱う仕事へと導かれたのかもしれない。

実は以前、ハワイへ旅行をした際に、友人に勧められ、のちの私の職場となるヴィーガンカフェのメニューを食べたことがあった。肉も魚も使っていないのに、植物性の材料だけで、こんなにボリュームがあっておいしい料理ができるんだと感動したのだ。身をもって体験したことで、ヴィーガンについて勉強してみたいと思うようになり、インターンを希望したのだった。

虹の写真
ハワイではよく虹が楽しめた。この景色が、ここにいることを実感させてくれる。


ホノルル空港に到着すると、蒸し暑い空気を感じ、雨が降っていたであろう空には虹が見えた。みなさんもご存知の通り、ハワイでは虹がよく見られる。広い空に大きな虹が見えると、ハワイにいる!という幸せな気持ちになるのは、初めてハワイを訪れた時から、長く住み慣れた今でもずっと変わらない。

働き出してからの数日間は、お店のメニューを覚え、レシピを覚え、配置を覚えるのに必死だった。さらに、お店のスタッフは日本人が少ないので、基本的には英語で話す。こうなると、脳はフル回転だ。仕事に慣れるまでの数週間は、ちょっと油断をするとすぐに失敗してしまうという繰り返しだった。長年キッチンの中で働いてきたが、所変われば品変わると言うように、場所も文化も食材までもが異なる世界に、私は来てしまったのだ。


 

サンドイッチの写真
野菜たっぷりでカラフルなサンドイッチメニュー。



ハワイの食材や自然が、私に教えてくれたこと


店のメニューは、すべてヴィーガンだ。豆腐やテンペ、ひよこ豆のハムスを使ったサンドイッチや、色鮮やかな野菜や海藻を使ったプレートなどがあり、アメリカや中東、韓国、和風のテイストなどさまざまな味で、ヴィーガンの人もそうでない人でも楽しめるようにと作られたていた。


※ハムス(フムス)……茹でたひよこ豆に、にんにく・練りゴマ・オリーブオイル・レモン汁などを加え、塩で味付けしたペースト状の料理のこと。

※テンペ……インドネシアの伝統的な大豆発酵食品のこと。

 

フルーツの写真
ハワイで出会ったフルーツのひとつ、リリコイ。

お店で使用する調味料や食材は、ほぼオーガニック。地元のオーガニックファームから届く野菜やフルーツは、当時は日本で見たことのない巨大なダイナソーケールや、とれたてのマンゴーやリリコイ、紫色のコーンから作られたコーンミール、ハワイならではのタロイモやタロの葉など、珍しいものばかり。たとえば、ダイナソーケールはナムルに、マンゴーやリリコイはお店の名物デザートであるモチケーキに、コーンミールはコーンブレッドに、タロイモは味噌スープなどに使っていた。


※モチケーキ……小麦粉の代わりにモチ粉を使った、ハワイで食べられているケーキ


食材だけでなく、料理をする際のちょっとしたポイントにもたくさんのこだわりがあった。たとえば、玄米を洗う時は、観音様に優しく拝むようにする“拝み洗い”をする。にんじんをピーラーで剥く時は、力加減を調節して厚すぎず薄すぎず。塩で野菜を揉む時は、優しくマッサージをするようにする。店はいつでもローカルや観光客で賑わっていたし、仕事は山のようにあってスピードも求められたのだが、そのちょっとした調理のポイントに気をつけている時には、決まって優しい気持ちになるのだった。
 

海の写真
崖に囲まれたカハウロアコーブは、別名エタニティビーチとも呼ばれる。


渡米して2週間が過ぎ、大晦日と元旦はお店もクローズ。大晦日はハワイ流に、同僚が海に連れて行ってくれた。初めて訪れたカハウロアコーブは、島の東側にある小さな湾で、崖を下って行くと美しいビーチに辿り着く。子供たちが崖から海にジャンプしている姿を横目に、私はグングンと泳いでいき、人混みを抜けたところで海にぷかぷか浮かんでいた。大きな波に揺られながら、キラキラと波に反射する陽の光を楽しみ、泳ぎ疲れたら白い砂浜の上で濡れた身体を乾かす。大きな自然に包まれて、すべての感覚を委ねることができることが、私が感じたハワイの最大の魅力である。

 


 <プロフィール>

みほさんの写真

篠宮 美穂(しのみや みほ)

ヴィーガンシェフ、ヴィーガン料理研究家、「MNEMONIC BEVERAGES」ディレクター。カフェを12年経営。渡米してヴィーガンカフェで働きながら、ヴィーガン料理、概念について学ぶ。現在は日本で、地球にやさしくユニークなプロジェクトを立ち上げ中。趣味は自家製酵母のパン作りと、ヴィーガニックコンポストの土づくり。

美穂さん(@rabbitbook)のInstagramページはこちら

 


 
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