Shojin stewed belly meat
店名
古月 池之端本店
ジャンル
中国料理
果報な一皿
精進バラ肉煮込み
episode 01

多彩な食感で何役もこなす
精進料理に不可欠な麩の力

濃い茶色に輝くツヤツヤした照り、トロトロに煮込まれた中国風豚の角煮「トンポーロー」。この一皿がテーブルに運ばれたら、みなそう思ってしまうでしょう。

これは、東京・池之端にある中国料理「古月(こげつ) 池之端本店」のオーナーシェフ・山中一男さんが作るヴィーガン料理「精進バラ肉煮込み」です。

分厚いバラ肉の脂身はゼラチン質のねっとりした舌触り、赤身はしっとりやわらかく、とろみとコクのある甘辛いソースが絡み、食感や味わいはまさにトンポーローそのもの!

しかし、ヴィーガン料理というからには、植物性由来の食材のみを使用しているということ。では一体、この「精進バラ肉煮込み」は何の食材からできているのでしょうか?

チンゲンサイ、湯葉巻、しいたけ、にかわうろこたけ、鳳凰に飾り切りされたにんじんが添えられ、見た目も華やか、ボリュームたっぷりなこの一皿の魅力に迫ります。

「精進バラ肉煮込み」はヴィーガン(本格精進)コースのディナー(7品)14,000円、ランチ(5品)6,500円(各税込み、3日前までに要予約)のメイン料理に登場します。

古民家の趣きある個室で、一品ずつ提供されるヴィーガンコースの料理。特にこのメイン料理については、店員さんが提供する際、その料理名のみを伝え、何の素材でできているかは、あえてこちらが訊ねるまで明かしてくれません。

店員さんにこの分厚い精進バラ肉の正体をうかがうと、それは「麩」からできているということでした。

麩は仏教の伝来とともに中国から伝わったといわれており、仏教に基づく精進料理では“主役級”として扱われている小麦粉がベースの食材。ですが、ゼラチン質の塊のような脂身、肉の繊維かと思う歯ざわりの赤身、両者とも同じ麩とは思えないほど、その食感の違いにただ驚くばかりです!

麩といえば、吸い物に使われる手毬型や花びらのような「飾り麩」や中心が空洞の「車麩」など乾物の「焼き麩」がまず思い浮かびますが、「この料理では、脂身には“生麩”、赤身には“麩(かおふ)”を使用しています」とは、オーナーシェフの山中一男さん。

麩には作り方や食感、形、大きさなどさまざまな種類があるようです。

「生麩」「麩」とは、どんな麩なのでしょう? すると、山中さんが実物を見せてくれることに。

水を加えて練った小麦粉の玉をもみ洗いし、デンプンなどの成分を洗い流したあとに残るグルテン(小麦たんぱく)、これが「生麩」(写真左上)。同店ではつなぎに少しだけ白玉粉を加えていて、お餅のようにしっとり、ねっとりと粘りがあります。ちなみに、これを焼いたものが「焼き麩」です。

その右隣が「麩」というもの。「烤(かお)」とは、中国語で「焼く」という意味から「焼き麩」と同じでは? と連想したのですが、どうやら違うようです。

 

「これは生麩を発酵させ膨らませてから蒸したもの。スポンジ状にすが入っていて、そこに味がしみ込むのです。日本では見かけませんが、中国では一般的な食材なんですよ。生麩は自家製ですが、烤麩は我々には作れませんので、特別に仕入れています

 

ふわふわとしたスポンジケーキのような烤を、精進スープに調味料を加えたつゆで3時間ほど煮込み、味を吸わせて、生麩と交互に挟んで蒸したものがこちら。形や食感の異なる2つのお麩を使い、豊かな脂身と赤身が層を成すバラ肉が見事に表現されています。

蒸して成形したバラ肉をさらに油で揚げ、仕上げに別途煮詰めた精進スープに、太白胡麻油と水とき片栗粉で照りととろみを出したソースをかけて完成。

味の決め手となるソースは甘辛く、コクがあり、味わい深いものがあります。ベースとなる精進スープは煮込み用、仕上げ用に2種類用意し、使い分けているとのこと。麩の煮込み用には大豆や椎茸、昆布、だいこん、にんじん、そら豆などでつくる精進スープに、醤油と紹興酒、砂糖を、烤麩を煮込む際に加えているといいます。

 

「仕上げ用のソースには、そら豆の比率を高くした精進スープを別に仕込みます。そら豆は肉料理に近づけるためには必ず使用する食材なのです。

野菜の甘みも入れたいため、乾物だけではなく、生のだいこんやにんじんも使いますよ」

 

味わいの中に感じる甘みは野菜由来とのこと。さらに味のアクセントに、野菜を発酵させた漬物を煮出し、その独特の香りと旨みも加えているといいます。

お麩の特性を生かした2つの食感を組み合わせ、野菜の香りや甘み、旨みを共鳴させ絶妙な味わいに仕上げた「精進バラ肉煮込み」。しっとりとろとろの豚バラ肉ならぬ、麩が主役のこの一皿をぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

 

episode 02

4つの思想から成る
中国精進料理のおもしろさ

一部屋ごとに趣が異なり、接待や会食に重宝される全室個室の「古月 池之端本店」。季節の食材を使い、伝統的な中国料理のみならず、オリジナル料理、さらには東洋医学の考えに基づいた養生料理にも対応してきたオーナーシェフの山中さんが、ヴィーガン(本格精進)コースをメニューに加えたのは3年ほど前のこと。

東京都が海外からの観光客や国内外のベジタリアン、ヴィーガン、ムスリムなど食の多様性への取り組みを推進したことを機に、同店でも本格的に取り組み始めました。

 

「ヴィーガン料理、つまり精進料理の世界は文字通り、料理人にとって “最後の精進” と言われるほど難しいのです。料理人の行き着くところは精進料理といってもいい。通常の料理と比べて手間や時間が何倍もかかり、調味も複雑なのでそれまで手をつけてきませんでした。しかし、私もよい年齢になりましたので、最後の精進として取り組ませていただこうと思い至った次第です」

 

大学時代は中国史を専攻し、中国料理の世界に飛び込んでからも、食材や効能、調理法について研究することをライフワークとしてきた山中さん。昨年研究したという、清朝末期に編纂された古い料理書『素食説略』(*)についてこう振り返ります。

 

「素食=精進料理は身体によいこと、おいしく調理するには技術が必要なこと、そして動物愛護の視点からも精進料理の必要性を世に広めようとして書かれています。これはヴィーガンの発想と同じだなと思いながら読んでいました」

 

同書には麩や豆腐、きのこ、海藻などを使ったあらゆるレシピが掲載。そうした古い料理書の研究のなかから着想を得て生み出したヴィーガン料理(精進料理)はたくさんあるといい、2つの麩を駆使して脂身と赤身を表現した「精進バラ肉煮込み」もその一つ。

 

「『素食説略』には、かんぴょうを使って肉料理に見立てたもどき料理が載っています。確かに干したかんぴょうの歯ざわりは肉に似ていますね。こうしたやり方があるということを知り、では麩を使ってみようと発想の転換をしたわけです。味のベースとなる精進スープもこの料理書を参考にしています」

 

「精進バラ肉煮込み」は、まさに温故知新の精神から生まれた料理だったのですね。

 

*『素食説略』……そしょくせつりゃく。1926年発行。編者の薛宝辰(セツホウシン)の肩書きなど詳細は不明。ここでの素食とは精進料理を意味する。説略とは略説のこと。

また山中さんは自身の研究から、中国料理における精進料理の奥深さについても教えてくれました。中国の精進料理は仏教の影響のみならず、4つの思想から成り立っていると解説します。

 

「インドから仏教が伝来する後漢時代(25-220)より約千年前の周(しゅう)の時代から、祭祀の期間は肉を断ち、身を清める精進潔斎(しょうじんけっさい)の習慣があります。特に皇帝など位の高い人は、精進潔斎期間中でもできるだけ豪華でおいしい料理を求めるため、味や食感を肉や魚に似せた“もどき料理”が考案されました。もどき料理はそうした宮廷料理の中で発達した料理なのです。

宋(916-1127)の時代になると文人趣味が本格化して、知識人たちが好む風流で気の効いた料理として発展していきます。そしてもう一つは道教。不老長生を求める考え方は中医学にも大きな影響を与えました。

中国の精進料理は精進潔斎、仏教、文人趣味、道教の4つの流れを汲み、成り立っているわけなんですね」

 

「精進バラ肉煮込み」について話を伺ううち、仏教という一つの枠に留まらない奥深くおもしろい中国の精進料理の世界観まで話題が広がりました。

自身「コックは仮の姿」という山中さん。ここを訪れれば、学者の顔をもつ山中さんの多岐にわたる研究に裏打ちされた中国料理のおもしろさとおいしさに魅了されるに違いありません。料理人の集大成としてのヴィーガン(本格精進)コースをぜひ体験してみてください。

 

文=味原みずほ  写真=新谷敏司

PROFILE

山中一男(やまなか・かずお)

1958年東京生まれ。大学卒業後、六本木「四川飯店」に入社。原田治氏に師事する。29歳のときに中国へ。北京「香山飯店」を足がかりに、「仿膳荘」「瀋陽御膳酒楼」で中国宮廷料理を学ぶ。瀋陽では、清朝最後の皇帝・溥儀(ふぎ)に仕えた元・宮廷料理人に会いに行き、宮廷料理について教わる体験も。1990年、家業の旅館・飲食業を継ぎ「中国料理 古月」をオープン。店名「古月」は李白の漢詩から。2006年、中国の国家資格である「営養薬膳大師」の称号を授与。日本中国料理協会副会長、中華中医薬学会栄養薬膳専家分会理事。編著書に『中国伝統医学による食材効能大辞典』などがある。

シェフがいま気になる野菜を紹介

季節の移り変わりやその時々により身体が要求する食材があります。夏の暑い時期によく使うのは「緑豆」。利尿作用があり、身体にこもった熱を冷ます役割があります。日本では緑豆が原料の「もやし」や「はるさめ」がよく使われていますね。中国ではもっと多彩な使い方があるんです。緑豆のでんぷんで葛きりも作れますし、緑豆のあんこやぜんざいも色がきれいでおいしいですよ。ちまきの中にもよく入れます。この季節、いろいろアレンジしてほしい食材ですね。

古月 池之端本店