野菜の魅力、見つけよう。
まんぷくベジinterview VOL.1

2021.12.06
WRITER/味原みずほ

服部幸應先生に伺うこれからの
食育のポイントは、「共に」。

1日に何を、どれだけ食べたらよいのかの目安となっている「食事バランスガイド」のコマ。いまでは学校教育にも組み込まれている食育のアイコンとなっています。今年9月に発刊された教本『食育入門~食育を正しく伝える人になる。』そのコマを抱えているのが、食育界を牽引する服部幸應先生です。

教本では、コロナ禍で見えてきた新しい食生活のあり方や、SDGsの17の目標すべてが食育とつながっていることなど食育の重要性が丸わかり! このたび「まんぷくベジ」スタッフの味原と栗田が、食育と野菜について常々素朴に感じてきたことをうかがうべく、服部先生にインタビューの機会をいただきました。

火を入れた野菜料理を食べよう

———昨今、“野菜不足” “野菜を食べよう” と言われ続け、気にかけているところではありますが、最新の「令和元年 国民健康・栄養調査報告」では、1日あたりの野菜摂取量の平均値は280.5g。年齢別にみると、働き盛りである20代、30代、40代が、残念ながら全体の足を引っ張っているようです。ここ10年の推移をみても、国が掲げる目標値350gになかなか到達できずにいます。どうしたら目標値に近づくことができるでしょうか?

 

「令和元年国民健康・栄養調査報告」より1日の野菜摂取量の平均値

「令和元年 国民健康・栄養調査報告」より

 

服部先生: 野菜というと、まずサラダ=生野菜をイメージする方が多いと思います。でも、日本人がサラダを食べるようになったのは、わりと最近のこと。「食の欧米化」と言われるように、主にアメリカの影響が大きいのですが、日本人にとってのサラダの歴史は戦後からなんですね。それまで生野菜といえば、きゅうりに味噌をつけたり、トマトに塩をつけて食べる程度で、ドレッシングをかけて食べるというスタイルはなかったのです。

野菜というと、日本は昔から加熱調理した煮もの、茹でもの、汁ものを中心に、あとはお漬物などで野菜を食べていました。江戸時代に庶民のグルメランキングのような存在だった「おかず番付」をみてみると、きんぴらごぼう、小松菜浸し、煮豆、にんじんの白和え、かぼちゃごま汁、とろろ汁、芋煮ころがしなど、加熱調理した野菜料理がほとんどです。

厚生労働省は主食、主菜、副菜をバランスよく組み合わせる中で、1日350g以上の野菜を摂りましょうと目標を掲げています。でも、いまは平均280.5gしか摂れずにいますね。

生野菜のサラダはボリュームがあるので、たくさん食べるのは大変です。加熱することで野菜のボリュームが減り、結構な量を食べられるので、野菜をたくさん摂取するには、生野菜より加熱調理した野菜を食べることをおすすめします。

ちなみに昔の日本人や、今でもお隣の国、中国や韓国では1日500g以上の野菜を食べる食生活の方たちもいるそうですよ。

 

———火を入れると、酵素やビタミンなどの栄養素が減ってしまうという理由で、あえて加熱せずに生野菜を選んで食べている人も多いと思います。

 

服部先生: 確かに加熱すると栄養素の一部は減少しますが、完全になくなるわけではありません。でも、そういうことを気にしすぎて量を摂れなくなるよりも、加熱により一度にたくさんの量を食べて、食物繊維をたくさん摂ることの方がいいのです。

日本人の女性に便秘の人が多いのはなぜかというと、野菜をそんなに摂っていないから。食物繊維は腸の調子を整えてくれますし、便秘の状態も改善してくれます。 日本人はアメリカ人と並び、生活習慣病のなかでも大腸がんの罹患率が高いのですが、それには食の欧米化や野菜の摂取量と関わりがあるとも指摘されています。

ヨーロッパにはラタトゥイユをはじめとする伝統的な野菜の煮込み料理がたくさんあります。こういう火を入れて食べる野菜料理が約8割、生の葉野菜を食べるのが約2割なんです。ところが、アメリカは8割が生野菜の状態で食べている。つまり、野菜の摂取量が少ないということですね。日本人もそれに近い状況です。ぜひ煮野菜など、火を入れた野菜料理をたくさん食べてほしいですね。

 

———ちなみに、服部先生の好きな野菜は何ですか?

 

服部先生: 僕は生野菜をあまり食べないので、火を入れて調理できる季節野菜なら何でも好きです。春になったらアスパラガスですね。軽く茹でて油で炒めて食べます。特に穂の部分にアスパラギン酸が多く含まれているのですが、食べると体に影響を与えるのが実感できるんですね。この疲れがとれた感じがするのはアスパラを食べたからだなと。ブロッコリーやキャベツも大好きです。

 

幼児期の食育で、人生が決まる!?

———苦味やえぐみ、独特の食感などが要因で、野菜が苦手という子どもを抱えている親御さんたちがいます。野菜嫌いを克服するにはどうすればよいですか?

 

服部幸應先生

 

服部先生: 2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームス・ヘックマン教授が「5歳までのしつけや環境が人生を決める」と指摘しています。自然に吸収できる幼児期での教育が一番大事だという考え方なのですが、語学教育や音楽教育、スポーツなどのいろいろな分野、そして食にも当てはまる考え方なんです。

ピーマンの苦味や青臭さを嫌うのは子どもの本能なので仕方ありませんが、少しずつでも好き嫌いをなくしていくように、親が粘り強く促してくことも大きなポイントです。

私が幼かった頃、両親は服部学園の校長と副校長で、二人とも朝早くに出勤するため、朝ごはんは祖母が作る和食でした。夕食は母が作ってくれましたが、それは洋食。父は昔中国にいた関係でよく中国料理を作ってくれました。そういう家庭で育ったので、小さな頃から和洋中と幅広く食べていました。もちろん、僕にも好き嫌いはありましたよ。でも、好き嫌いはいけないと育てられたので、無理して食べていました。時には泣きながら。だけど、そのおかげで嫌いなものがなくなりましたね。

育てるということは難しいことですが、無理やり育てないとダメな部分もあります。人生の一般常識のうち7割が幼児期の食卓のなかで育まれると言われています。お箸の持ち方や、口の中でくちゃくちゃしてはいけないなど最低限のマナーも、この時期にちゃんと教えておかないと、後の人生までずっと引きずることにもなりかねません。

 

———野菜が苦手な子ども、そして野菜嫌いを引きずったまま大きくなってしまった大人たちはどうしたらよいでしょう。今からでも野菜を食べられるようになる方法など、何かアドバイスをいただけますか?

 

服部先生: 食べ物の好き嫌いには、いろいろな要素が関係するので「こうすれば好きになる」という画一的な解決策はありません。

お子さんには切り方を工夫して混ぜてみたり、味付けを甘めにしてみたり、有機野菜を選んでみたりと、いろんな角度からアプローチしてみてください。無理やり食べさせるとイヤな記憶を重ねてしまうだけ。 何かのタイミングでふっとおいしく感じられるようになる時が来ます。早々にあきらめないで気楽に、気長に待ちましょう。

大人に関しては……健康面の話をすることも良いかもしれません。いろいろな野菜を多く食べる食習慣のほうが、健康リスクを低減できることは分かっていますしね。

 

月に1度、おばあちゃんの家に家族で集まろう

——— 一人の親としてヒヤッとしたことがあります。私の子ども時代は、まさに食の欧米化の中でした。祖母のために出されていた切り干し大根は、私には一生関係ない食べ物、とつい最近まで思っていたんです。ところがある日、子どもが保育園で切り干し大根を食べていて、好物だということを知り、びっくり! 子どもに誘発されたかたちで、切り干し大根で煮物やサラダを作り、自分たち親も食べるようになりました。

 

服部幸應先生

 

服部先生: 家族の間での子どもの育て方は、昔と比べて異なってきているのも大きな問題です。3世代同居の大家族であれば、世代を越えても同じような食生活になるんですね。ところが、1964年の東京オリンピックを境に核家族化が進んだ結果、今は平均3人家族が多くなってしまいました。祖父母にはお盆とお正月の年に2回しか会わないという家族も少なくありません。おばあちゃんからお母さんへ、さらにお嫁さんへと、家庭の味の引き継ぎもできず、途切れ途切れになっている状況。これは大きな問題なのです。

コロナウイルスが猛威をふるう前のことですが、核家族化が進んでいるフランス、イタリア、スペインでは、週に1度、祖父母の家に集まろうという動きがおこっていました。年に52回おばあちゃんと食卓を囲むことができますね。そうするとどうなるでしょうか? そこに相手を立てたり、敬ったりという気遣いが生まれます。世代を越えた家族の触れ合いというのがすごく重要なんです。

象を例にとってお話します。象は編隊を組んで移動しますが、先頭にたっている一番大きな象はどんな象だと思いますか? 実はおばあちゃん象なのです。水場やハチミツの場所を経験値で知っているので、みんな、おばあちゃん象の後をついていくのです。おっぱいをあげるのはお母さん象でも、遊ばせ方を教えるのはおばあちゃん象。それで、生き甲斐を感じて長生きしてしまうのだそうです。

 

———まさにおばあちゃんの知恵袋。祖父母または両親は、自分たちより子育てのこと、健康のこと、毎日の生活を豊かにする暮らしの知恵をたくさん持っているはずですね。

 

服部先生: そうです。週に1度は難しくても、わりと近くに住んでいるのなら月に1度は会いましょうと。家庭の味一つとってもそうですが、家族のつながり、代々引き継いでいくということは大切なことです。お嫁さんはその家の習わしを姑さんから教わりながらだんだん馴染んでいくものですが、核家族ではそうしたつながりは意識しないと難しい。

料理も同じです。その家の味と、自分が育った家の味、それぞれを組み合わせてまた新しい味が生まれます。お互いにだんだんメニューも増えるんですよ。そうした料理を子どもに食べさせていく。お袋の味が懐かしいなと思うのは、幼児期に食べたものの記憶がずっと後まで残るからなんです。

家庭の味をつくることは食育の重要なポイントです。家族で食卓を囲み、食事を通して道徳心や社会性、マナーなどが身につきます。食育ではそれを「共食力」といい、重要な3本柱の一つに掲げています。ぜひ、この機会に『食育入門』をお手にとってみてください。

 

服部幸應(はっとり・ゆきお)先生 プロフィール

東京都生まれ。学校法人服部学園服部栄養専門学校 校長・理事長。医学博士。35年前から食育による子どもの健全な育成、生活習慣病予防、地球環境保護を提唱。「食育基本法」の生みの親・日本食普及の親善大使として、長年に渡りテレビ・ラジオ番組等でも活躍。

 

WRITER

味原みずほ
Mizuho Ajihara

敬食ライター。フードアナリスト。都内飲食店を中心にマルシェ、農家、ブルワー、コーヒークリエイター、料理研究家など幅広く取材。好きな場所は道の駅とアンテナショップ。出身地の青森県七戸町(旧天間林村)は“にんにく”の名産地で、シーズンになると放課後は裏の畑で収穫や出荷のためのネット詰めを手伝っていたことも。おやつは自家製黒にんにく。